「小説の神様」は、中学生でプロデビューした小説家の男子高校生と、もう一人のプロの女子高校生が二人で小説を書く物語である。
主人公の一也は、ネクラで、後ろ向きで、本も売れなくて、常に自己嫌悪と戦っているような存在。対してヒロインの詩凪は美人で、常に周りに明るく、本も飛ぶように売れており、非の打ち所なんて無いような存在。
物語はこの二人の対比を中心に描かれ、他のサブキャラクターとのやりとりも通じて、二人は二人でひとつの小説を書き上げていく。
この本のポイントは、何といっても「職業作家」というものを取り巻く現状を、小説というフィクションの中ではあれど、かなりリアルに描写している点である。
「新人賞でプロデビュー」「印税収入」といったイメージが先行しがちな出版・小説業界において、その実態はどうなのか、例えば印税収入はいくらなのか、何部売れればまともに生活ができるのか、作家と作家の関係はどうなのか、作家から見た「編集」とはどういう存在なのか、今の出版不況とは具体的にどういう不況なのか……そういったことが、デフォルメされながらもしっかりと描かれている。
主人公の一也はとにかく利益主義の作家だ。なにしろ売れる小説を書かないと食っていけない。そのためには、自分の信念や初心を忘れてまでも、売れる小説を書くことを重視する。しかし、書けない。書ける精神状態にならない。書けるようになったとしても、作家としてそれが許されない……そんな苦悩が、この作品には詰まっている。
この作品は、そういう意味で巨大な「作家あるある」だと感じる。世の中で暮らしている作家の多くはこれに共感できそうだ。しかし一方で、普通の読者にとってはどうだろう。「何だコイツ、ウジウジしてて面白くねえな」と思うかもしれない。
ストーリーについても、この「作家あるある」を除くと単純なボーイミーツガールもので、あっと驚く展開もなく、プロットレベルでは話が淡々と進んでいってしまう。キャラの感情描写をあまりにも重視するがために、ストーリーが犠牲になってしまった感は若干否めない。
ただ、読後感は悪くないのと、作家を目指している人であれば一度は読んでほしい作品でもある。なにより、作家がどのぐらい物語を愛しているのか、それがひしひしと伝わってくる。
Amazonのレビューも参考にされたし。
管理人の評価
総合評価
この本の総合評価。他の項目との平均点ではなく、それ以外の要素も加味して採点。
3点
キャラへの共感
登場人物にどのぐらい共感できるか、感情移入してストーリーを追えるか
3.5点
可愛い・かっこいい
女性キャラは可愛く、男性キャラはかっこいいなど、キャラが魅力的に描かれているか
3.5点
わかりやすい
わかりやすいストーリーをか、または複雑なストーリーでも理解しやすい書き方になっているか
4.5点
興味深い出来事
作中で起きる出来事・イベントが興味深く、ストーリーを引っ張っているか
2.5点
読みやすさ
漢字・ひらがな・句読点・会話文・地の文のバランスがとれた読みやすい文章になっているか
3.5点
文章表現・会話
比喩等のレトリックが適切に使われ、会話文にユーモアがあるか、情景描写などが丁寧か
4点
ここから先はネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。
感想・あらすじ(ネタバレ少しあり)
この作品には独特の言い回しがいくつか存在している。
特に「陽向で生きる人」「日陰で生きる人」に代表される対比は、物語中でこれぞとばかりに強調されていく。「人間が書けていない」「物語を必要としない人」といった言い回しも面白く、プロの小説家が小説を題材にした作品なだけあって、その想い入れは並々ならぬものを感じた。自分の物語に対する考え方のくだりについても「我が子のように愛するべき」というのは、まさしくそのとおりだろう。
その反面、前項でも書いたとおり、ストーリーが稚拙なのが非常にもったいない。
詩凪は前の学校で嫌がらせに遭ったために転校してきたという設定になっているのだが、その嫌がらせの内容があくまで「過去こんなことがあった」というレベルで終わっている。ストーリーを際立たせるのであれば、その嫌がらせが転校先まで波及してきた……といったサスペンス風味を入れても良かったのではないか。
また、難病に苦しむ妹がいるのであれば、その妹の闘病生活とストーリーを上手にリンクさせることはできなかったのか。
ヒロインの詩凪のキャラについても、無理にラノベ調のテンプレキャラを取り入れてメタラノベ的なものにしなくても、普通の人間として描いて良かったのではなかろうか。扱う問題とストーリーに対して、キャラクターの表面上の振る舞いがあまりにもテンプレ的で調和が取れていないので、作品全体で微妙な不協和音を生じてしまっている感は否めない。
この作品は、出版という業界、小説家という存在について数多くの問題を提起しているものの、これらの問題提起が物語内で解決しきれていないため、読後にどうしても消化不良感が残ってしまう。作者が「小説家はこんなに大変なんだぜ!!」と言いたいがだめに色々書き散らしたようにも取れてしまうので、作中で提起した問題はなるべく作中で解決するようにしてほしい。
一方で、作中で解決されている問題提起としては、やはり主人公の一也の小説への取り組み方だろう。「小説なんて嘘っぱちだ、虚構だ」というスタンスから、「物語は願いだ」という意識に変化している点は、作中で数少ない問題の昇華である。
ただ、その割には作中で結果が出ていない。
「書き始めることができた!」で話が終わってしまっているのは残念すぎるので、せっかくだから「書ききった結果、自分の作家としての待遇が大幅に改善された」といった結果を描写してくれると嬉しいように思える。中盤で出版と作家稼業に相当な不満を書き散らしているだけに、その解決によるカタルシスが大幅に損なわれてしまっているのは勿体ない。
キャラ、テーマはよかったものの、ストーリーに消化不良が残る少し残念な作品。