「記憶屋」という、誰かの記憶を消すことが出来る人間がいるという都市伝説を知った主人公の遼一は、自身の体験から、「都市伝説」が実は都市伝説ではないと感じ始め、「記憶屋」の正体を追い始める。その過程で起きる出来事を描いた話。
全体的に女子中高生向けといった印象かもしれないが、女子中高生が読んでも首をかしげるのではなかろうか。
キーパーソンを差し置いて別人物によるエピソードが途中で長々と入るため、ストーリーを追うのに手間がかかる。このエピソードが各キャラクターの理解を深めて感情移入する助けになれば良いのだが、出来事だけを消化しているために、結果的にキャラが薄っぺらい。また、1冊の中にテーマとなる話が複数乱立しているため、物語の構造を把握しづらい。
ただし「記憶屋」というテーマ自体は良かったのと、一応はキーパーソンの言っていることも理解できたのと、最後の1ページの説得力はあったので続刊も買う。
管理人の評価
感想(ネタバレあり)
正直言って、登場人物があまりにも多すぎる。その一方で、「記憶屋」の正体は幼なじみの真希であったという結果は、あまり納得が行かない。また、真希が遼一のことが好きであることは作中の部分的な描写で理解はできるのだが、遼一はそれに気づかずに真希を邪険に扱っているし、印象的な出来事もない。
その一方で、杏子、高原、操とそれを取り巻く2〜3人の登場人物の視点で物語はどんどん進んでおり、しかもそれが本筋とはあまり関係のないエピソードであり、更には各エピソードが平坦であることから(高原のエピソードは、高原の死という強烈な結果があったため少しは起伏があったが)、物語全体を中だるみさせている。
キャラクターそれぞれはよく読むと魅力的なのだが、結局のところメインである「遼一と真希」の関係性の変化で話を終わらせるのであれば、「遼一と真希」の日常や出来事をもっと詳しく描写するべきだったように感じる。
テーマについても、「記憶」はもちろんのこと、「死」「自傷癖」「両親の離婚」「男女の友情」といった様々なテーマが織り込まれており、統一した、もしくは収束していく軸になるテーマが希薄で、これも本作を散文的にしている要因の一つであろう。
また、主人公の遼一については、身の回りで不思議なことが起きているにも関わらず「記憶屋なんて都市伝説だ」という言動を繰り返しており、その一方で、追い込まれたと気づいてから慌てて対策を打つ場当たり的な行動を繰り返しており、あまり好感をもつことができない。ヒロインの真希についても、描写が少なかったために共感を引き出すのには不十分だろう。
文章については、余計な修飾のない文章で読みやすい部類に入る。だが、状況説明と心理描写以上の文章はないため、地の文で目を引く文章表現はない。会話文もプロットを追いかけるために存在するような会話文で、掛け合いやキャラ特有の言い回しなどで楽しめる要素は少ない。
「記憶屋は依頼を受けて誰かの記憶を消せる」「記憶屋に会った人は、記憶屋に会ったことを忘れる」というルールはユニークだと思うが、エピソードの詰め過ぎで肝心の部分の感動を相当薄れさせているきらいがあるため、もったいない一本。編集者はもう少し助言しなかったのかと、ある意味作者が不憫に思えてくる作品でもある。
「書店員さんの支持No.1」と帯に煽り文句が書いてあるが、これが本当だとするならば、本の内容を読まないで投票する書店員が多いのかもしれない。
あらすじ(ネタバレあり)
主人公は大学生の遼一。大学の先輩である杏子に惚れてしまう。杏子と急速に仲を縮める遼一だったが、杏子は必ず夜8時頃に家に帰ってしまうため、じれったい思いをしていた。だが、その理由が昔痴漢に襲われたトラウマによる夜道に対する恐怖であることがわかると、遼一は色々な手を使って杏子の恐怖症を克服させようと躍起になる。
しかしある日、杏子は突然恐怖症を克服してしまった。そして、同時に遼一に対する記憶も失ってしまっていた。まるで過去のトラウマと遼一のことだけを忘れてしまった杏子の様子をみて、遼一は以前聞いた噂話である「記憶屋」の存在が本当なのではないかと疑い始める。
記憶屋の存在を調べていると、ある日知らない電話番号から電話がかかってきた。電話の主は弁護士の高原。しかし遼一は高原のことを思い出すことができず、自分も記憶屋に記憶を消されたのかもしれないと確信をもつのであった。同時に、「他人の記憶を消す」という行為に対して憤りと恐怖を覚え、「記憶屋」の正体を突き止め、その活動をやめるよう説得することに決めた。
高原は「記憶屋」を探し、色々な調べ物をしていた。その一方で余命宣告ありの難病に冒されており、住み込みで働く外村を心配させていた。そして、高原に懐いている女子高生の七海は、これから死にゆく高原にとっての悩みの種でもあった。高原は「記憶屋」を探し出し、七海から高原の記憶を消し去るように依頼した。
遼一は、「記憶屋」に関する話ができるネット掲示板の常連になっていた。掲示板の常連から、記憶屋に会った可能性のある少女が病院に入院しているということを知らされる。少女の名前は操(みさお)と言い、記憶喪失の可能性があるために脳神経外科に入院していた。
佐々には幼なじみの要(かなめ)という男子がいた。要は、操から告白されたが、それを振ってしまったという。その後、操は記憶喪失になってしまった。操は記憶屋に記憶を消してもらうことを頼んだに違いない。
ネットの友人たちが消えた。実際にオフ会をした相手に話にいくと、彼もまた記憶を消されていた。焦る遼一。自分や、自分の身の回りの人間ばかりが記憶を消されていく。次に消されるのは誰だろうか? そんなとき、幼なじみの真希が危ないということに気づいた。
ネットの情報、ここまでの話を総合して近くの公園のベンチに座っていると、果たして幼なじみの真希がやってきた。だが真希は、自分こそが「記憶屋」だと正体を明かした。真希は頻繁に遼一の家に出入りしており、遼一の行動を把握できる。真希であれば、自分や、自分の身の回りの人間の記憶も消して回れるのだ。
そして真希は言った。
「一度だけでいいから……」
「あたしのこと、好きになって」
目が覚めると、遼一の記憶は消えており、泣いている真希が隣に座っていた。